今回の四方山話は、題して「Donna Lee、アレンジしてみた!」です。
アコースティックウェザーリポートの「Donna Lee」のPVは上記にて
昨年2019年11月に、アコースティック・ウェザー・リポートの2枚目のアルバムを出すこととなりました。
このユニットのコンセプトはその名の通り、ウェザーリポートの楽曲の、その核となる部分を抽出して、それをアコースティックなピアノトリオという形態に作り直すというもの。
ご存じの通り、ウェザーリポートのそのサウンドは、ジョー・ザヴィヌルの山のようなキーボード類とウェイン・ショーターのサックスを中心に、ドラムス、エレクトリックベース、パーカッションといった、てんこ盛りの楽器で造られています。
そこから、各楽曲の最もコアな部分だけ取り出して、ピアノトリオでも成立するように再構築するというのが、そのコンセプトのもっとも重要な部分。
ただ、1枚目のアルバムで、そのウェザーの代表曲ともいえる曲をほとんど取り上げてしまったので、2枚目を制作するにあたっては、その選曲で本当に頭を悩ませました。
というのも、ウェザーリポートというのは、かなりの割合で、それぞれのメンバーの卓越した即興力で成り立っている部分が大きく、そのため、楽曲そのものの明確なメロディやハーモニーが少ないといった曲が多いからです。
しかも、キャッチーなメロディや、明快なハーモニーがあるような曲(「Birdland」、「Remark You Made」、「Teen Town」、「Young And Fine」等)はほとんど、1枚目で取り上げてしまったので、1枚目で取り上げていなかった曲というは、超難解なものや、ほとんどがアドリブだけで成り立っているような曲がほとんど。すくなくとも、どの曲もピアノトリオには向いていないといえるような曲ばかりでした。
さてそんな中で、では2枚目ではどんな曲を選んだかというと、1枚目には取り上げていなかった有名曲、「Black Market」は迷わず選びましたが、それ以外はというと、たとえば「River People」や「Barbary Coast」はまだ知っている人もおられるかもしれませんが、「Lusitanos」「Man In The Green Shirts」「Between The Thighs」に至っては、なんと僕自身も知らなかった曲でした!
これらの曲はクリヤさんがアレンジして持ってきてくれたのですが、こんな味わい深い曲があったのかという驚きでした。もちろん、そのアレンジが良かったというのもあります。
おそらく僕自身は、ジャコ以降のウェザーリポートを中心に聞いていたので、このあたりの曲を見逃していたんですね。「River People」や「Barbary Coast」はもちろん知っていましたが、それらはやはりジャコの曲ですからね。
でも、これでも曲がまだ足りません。
さあ、困った困った!
そんな中で僕が主にアレンジして提供した曲が、「Donna Lee」と「Three Views Of A Secret」でした。
「Three Views Of A Secret」に関しては、実は2007年に出した僕の2枚目のリーダーアルバム、「琴線」で、この3人で一度演奏しています。
ですから、ウェザーリポートの有名曲ではありましたが、1枚目では避けました。
でもやっぱりとても良い曲ですし、ウェザーを代表する曲ですから、もう一度、2枚目でも取り上げて見ようと思いました。が、そのためには、「琴線」でのアレンジとは全く違ったものにする必要があります。そこで僕が思いついたのが、ウェザーの別の曲、「badia」とくっつけて、その2曲が渾然一体となったアレンジでした。ちょうどどちらも3拍子ですからね。
実はウェザーでは、3拍子の曲があまり多くないということもありました。
でもアレンジの後半では、その3拍子のリズムを様々に変化させ、速いスイングになったり、さらにそこから4分の6拍子のスイングに変わっていくという、オリジナルのサウンドとは全く異なるものにしました。「琴線」では、かなりオリジナルに近いアレンジでしたから。
この「Three Views ~」のアレンジに関してはこれ以上は触れませんが、是非、2枚目のこの曲の演奏と、「琴線」でのそれを聴き比べていただけたらと思います。
さて、前置きが長くなりましたが、では今回の四方山話の主題である、もう1曲の「Donna Lee」に関して、お話ししたいと思います。
まず、なぜ今回のアルバムで取り上げたかという事に触れておきたいともいます。
その理由をいくつか挙げてみると、以下のようなものになります。
1)前作に収録されている「Teen Town」に匹敵するような、アコースティックベースでメロディを取るという、それだけでも「ほお!」と思ってもらえるような曲を、2作目にもほしかった。
2)1)のような曲で、しかもウェザーリポートとなんらかの関連がある
3)当然だが、ピアノトリオで成立し、なおかつ面白いと思えるような曲
もちろん、ショーターやザヴィヌルの曲もいろいろ探してみました。
二人とも、素晴らしい作曲家でもありますから、良い曲はたくさんあります。
が、しかし、この3条件にあてはまる曲はなかなかありませんでした。実際、ザヴィヌルの名曲、「Midnight Mood」なんかも、このユニットが結成された当初は、ライブで演奏したこともありました。でもやっぱり「ウェザーじゃないよね」ということで却下されました。
次に、この3条件に当てはなる曲ということで僕が選んだのが、ジャコのソロアルバムに収録されている「Continiuum」です。
この曲も実際、僕がアレンジし、リハでは何度かやってみたのですが、どうもピアノトリオには向いていない、そしてアコースティックベースではあの独特の感じがでないということで、没。
そして次に選んだのが「Liberty City」。
この曲も実際、僕がアレンジしましたが、リハで一度も演奏されることもなく没。
きっとメンバーにはピンと来なかったのでしょうね。
というか、相当のジャコ・ファンでないと知らない曲ともいえますから。
でも実際、「Continiuum」も「Liberty City」も、僕としては気に入ったアレンジなので、いつの日か、僕の個人的なプロジェクトでやってみたいと思ったりもしています。
で、最後にたどり着いたのがこの「Donna Lee」です。
この曲なら当然、上の3つの条件には合致しています。が、問題はそのアレンジです。
僕のサロンに参加されている方なら当然ご存じかと思いますし、普通のジャズファンでもきっと一度は聞いたことがあると思いますが、ジャコのデビューアルバムでの1曲目に収録されていまし、その演奏はあまりに衝撃的です。
ただ実はこの曲も、僕のアルバム「琴線」で取り上げていますが、そのバージョンは、全編、僕と則竹さんとのデュオです。そんなことで、この曲が実際、アコースティック・ウェザーリポートの2作目で採用されるかどうかは、そのアレンジにかかっていたわけです。
ということで、前置きがすっかり長くなってしまいましたが、その「Donna Lee」のアレンジにおいて、どのようなことを考えてアレンジしたかをお話ししたいと思います。
その第1が、「ジャコ的なサウンドに仕上げる」です。
まず考えたのが、イントロの雰囲気やサウンドです。
この曲のキーはAbです。
そこで、ジャコが最も好きな、そして彼の曲で最も多く取り入れられているコード進行を、イントロで使うことにしました。
それがAb-Eという、長3度下降のルートモーションの動きです。
ちなみにこの動きと同じような、ルートの動きが使われているジャコの曲を挙げてみましょう。
a)Teen Town
この曲は、C-A-F-Dという4つのトライアードの動きで出来ています。この中では、AからFへの動きがそれにあたりますね。もちろん、C-AやF-Dという動きも、これらは短3度ですが、かなり似たサウンドですよね。
b) Three Views Of A secret
この曲では、大きく分けて、キーがEとキーがCの、2つの部分から出来ています。
これなんかはジャコの曲においての、典型的は長3度の動きですね。
c) Liberty City
この曲も、実はキーがEとCを行ったり来たりします。その意味では、「Three Views ~」と同じアイデアといえます。
d)Donna Lee
実は、ジャコの演奏でも、そこまではオリジナルのAbのキーで演奏していたものを、最後のテーマの後半からEに転調しています。ただでさえ、ベースで弾くことが至難なこのテーマを、わざわざEに転調して弾くなんて、ほんと、この人は凄いですよね。
といった具合で、このAbとEという2つのキーというのは、それだけで実にジャコ的なサウンドとなる動きなんですね。
ただ、この2つの動きだけの場合は、理論的に解説するならば、トーナルのAbに対して、Eは、♭Ⅵ△となりますから、サブドミナントマイナーにあたります。その意味では、この2つのコード間を行き来するだけなら、ごくごく普通のコード進行だといえます。
ただ、イントロでこのAb-Eという動きを提示することで、テーマに入ってからも、そのような動きをふんだんに取り入れることを想起させることが出来ると考えたわけです。
第2は「テーマ部では、可能な限りツーファイブを取り除き、その代わりにメジャーセブンスコードの平行移動を入れる」です。
譜面をご覧ください。特に全半の16小節は、Bbm7とDbm△7を除いては、すべてメジャーセブンスコードで出来ていますよね。
もちろん、オリジナルのメロデイから考えると、どうしても合わない音も出てきます。
その場合はやむなく、それぞれのコードに合わせて、オリジナルの音を変えていますが、それは可能な限り避けるようにしました。
先ほども挙げた、Ab-Eの長3度の動きをイントロで提示しましたが、その動きをぶった切るのが、テーマの3小節目のFメジャーセブンスです。このコードは、Abから見れば、完全に転調しているコードとなります。ですので、ここで転調感がしっかり出る、言い換えればそれまで提示していた、トニックからサブ・ドミナント・マイナーという、よくある動きから、はっきりと離れたことを提示しました。
さらに、2拍目にアクセントを入れて、リズム的にもそれまでの流れを止め、さらにその直前を4分の2にすることで、オリジナルの「Donna Lee」とは違う世界になることを、ハーモニーの観点からも、リズムの観点からも提示することにしました。
そしてこの流れを引き継いで、先ほどの長3度の動き、すなわちE-Dbという動きを続けたわけです。
Gb-G-Abに関しては、平行移動でトニックに戻るように考え、その動きに合わせて、若干メロディを変えざるを得ませんでした。
このアレンジで最も苦労したのは、オリジナル曲の15,16小節目の部分です。
テーマの時は、ブレイクにして、メロディのピックアップにしたので、コードを付ける必要がないので良かったのですが、ソロのコード進行ではそういうわけにもいきません、
ということで、僕のアレンジのソロパートを見ていただければ判りますが、その場所では、
C-B-G-Eという、なんとも不思議なルートモーションのメジャーセブンスコードが連続しています。自分でもよくわかりませんが、いろんなコードを徒然なるままに弾いていて、「ピン!」ときた流れです。理論的にも、なんだかよくわかりません。単にひらめきですね。
でもこういったことは、作曲やアレンジをやっているときにはよくあります。
さらにそれがDb~Dと続く、ぼくなら絶対ソロを取りたくないというようなコード進行です。
クリヤさん、本当にすいません!
後半の部分は、前半のコード進行がオリジナルのものと大きく変わってしまったので、あえてオリジナルに近いコード進行をそのまま残すようにしました。ソロパートも同じです。
ここでちょっと触れておきたいことがあります。
それは、「テーマとソロのコード進行は、必ずしも同じである必要はない」ということです。
ぼくは楽器の立場上、多くのミュージシャンのオリジナル曲を演奏することがあります。
そのときによく思うことは、このように複雑なアレンジが施された曲の場合、テーマの部分は、当然複雑なコード進行となっていることが多いと思います。そしてそのコード進行は、そのテーマの部分でのメロディがないと成立しないようなコード進行であることが多いのです。
ところが、そのテーマと同じコード進行でソロを取るというアレンジにしてしまうと、そのメロディ以外を弾こうとしても、全くうまくいかない場合がよくあります。
そんなときには、無理に、ソロパートをテーマと同じコード進行にする必要なない、それよりもソロパートはソロパートで、別に作った方が、ソロが取りやすいですし、それ故にソロも盛り上がるということです。
そんなことで、今回のアレンジでも、ソロパートは別途作りました。
このテーマのコード進行や、また拍子の変化では、さすがにソロは取りにくいでしょうから。
さて、ソロパートでもう一点、ポイントとしてあげたいところは、「Donna Lee」のコード進行をちょっと変えた部分から抜けた、6つのメジャーセブンスコードだけで出来たパートです。
当初は、8小節目で回すアレンジにしていたのですが、リハの段階で、「それじゃ普通で面白くないから、12小節で回そう」ということになり、Ab△7とDb△7を2小節ずつ増やしました。
たったこれだけの変化ですが、ソロにはかなりの緊張感が生まれ、実際演奏していて、ずっと面白くなりました。
いやいや、音楽って微妙なもんなんですね。
それに続くベースソロは、そのピアノの後半部分のコード進行をモチーフにしたものですが、同じコード進行は使っていないところも味噌ですね。
さらにいうと、そのループするコード進行が抜けるところで、一瞬、Am7が出ることによって、世界がパッと変わるように気がしませんか?
音だけを聞いていたら、きっとこんな細かなアイデアはなかなか判ってもらえないかと思いますので、是非一度、この譜面を見ながら、我々の演奏を聴いて見てください。すると、またいろいろ違ったことが見えてくると思います。
とにかく、アレンジも、作曲と同じくらい面白い作業です。
皆さんも、スタンダード曲をいろいろいじってみて、オリジナルなサウンドを作ってみてはいかがでしょうか?
するとまたスタンダードが、違った味わいになってくると思いますよ!