納がオサムを語る vol.7 「東京への移住後、どのようにしてこの東京のジャズ、そして音楽シーンで、オサム少年の存在を知ってもらえるようになったか」

1988年、留学先のバークリー音大から帰国し、強い野心を持って東京に上京してきたオサム少年でしたが、1989年1月の昭和天皇崩御によって、その出鼻は完全にくじかれ、その野心の行き先にはすっかり暗雲が立ちこめてきました。 帰国からしばらくは、オサム少年がどれほどの極貧であったかは、第6回にお話ししたとおりです。 当時日本はまだバブル経済の最後期、都内のマンションの家賃が極貧のオサム少年には重くのしかかり、家賃を払えば、一ヶ月のギャラのそのほとんどが消え去るという、そんな日々の連続でした。 でもいま振り返ると、当時のそんな駆け出しのオサム少年がギャラ制のお店でもらっていたギャラに金額は、なんと今と同じか、今よりよかった時も多かったんですよね! 言い換えれば、すくなくともこの日本のジャズシーンにおいては、この30年、ミュージシャンのギャラは下がりこそすれ、全く上がってこなかったということです。 【 …続く 】

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