【オンラインサロン】納がオサムを語る vol.5 「バークリーでの生活について」

納がオサムを語る、第5回目です。
前回はバークリーに留学したいきさつや、入学当初の新鮮な驚きや感動について書きましたが、今回は、バークリーでの生活について詳しく触れたいと思います。

(全文はサロンにて公開しています)

実はバークリー入学と同時に、自分に不足している様々な基礎の部分での問題点がわかってきました。
具体的に挙げると、次のようなことが特に問題点として認識できました。

1)基本的なイヤートレーニング全く出来ていない
2)理論は一応知っているが、実践で自由自在に使えるほどは身についていない
3)作曲や編曲の知識や経験がほとんど無い
4)基本的なジャズや8,16ビートはそこそこ出来ても、その他の音楽、特にラテン音楽への知識が乏しい
5)エレクトリックベースでのジャズが、アコースティックベースほどしっかり出来ていない
6)以上のようなことも含めて、本当に高度なレベルでのアンサンブルの経験に乏しい

こういった部分をしっかり補強するための悪戦苦闘の毎日が始まったわけです。

ではそんなバークリーでの一日の生活について触れましょう。
午前中から夕方にかけては、これは日本の大学と同じく、とにかく授業があります。
僕は作曲や編曲を勉強したかったので、まずは、そのコースの授業を中心に選択しました。作曲に関しても編曲に関しても、本当に経験豊富で、様々な独自のアプローチ法を持つ先生が何人もいますので、とにかくいろんなアイデアを学べました。
そして、そのそれぞれの先生が膨大な量の宿題を出すわけです。

週に2〜3曲、ジャズの曲を書くのは当たり前。編曲の上級クラスなんかになれば、そのほとんどがビッグバンドアレンジングですから、2〜3週に1曲くらいの割合で、アレンジのプロジェクトの提出があります。
ということで、朝起きてから夕方の6時くらいまではほとんど、授業。

そしてそのまま学校に残って、コンサートや、そのコンサートに向けたバンドのリハーサル、さらには宿題用の音出しバンドのお手伝いといった演奏活動が、学校の閉まる夜の12時まで続くわけです。
そして帰宅してから宿題に取りかかるという生活。一体いつ寝てたんでしょう?
もちろん個人の練習もありますしね。プライベートレッスンは毎週あるわけですから。
それに授業といっても、作曲や編曲ばかりでなく、アンサンブルの授業もあるわけです。
もちろん、そのアンサンブルの授業の予習もあります。

アンサンブルクラスといえば、ハーブ・ポメロイの、ラインライティングというアレンジ法を指導する先生のアンサンブルでは、いまウェイン・ショーターのバンドなどで活躍する、ピアニストのダニロ・ペレスや、マリア・シュナイダーのバンドでソリストとして活躍している、テナーサックスの、ドニー・マッカースリンらと一緒でした。

またフィル・ウィルソンという先生の受け持つ、レインボーバンドというアンサンブルクラスも、素晴らしい学生がこぞって希望する名物アンサンブルでした。こちらの方は5〜6ピースのスモールコンボですが、本当に有名な学生が入っていました。
添付したパンフレットは、そんなアンサンブルで、バークリー・パフォーマンスセンターという大ホールにに出演したときのものです。

それ以外にも、トロンボーン奏者のハル・クルックのビッグバンドや、タワー・オブ・パワーばかりやるビッグバンド、ホレス・シルバーの曲やアレンジのみを演奏するコンボ等々、もうそれはそれは、何年いても時間が足らないような、面白いアンサンブルのオンパレードでした。

そのラインライティングといえば、バークリーで最も有名なクラスです。そのすべてを学ぼうとすれば、3学期間をかけての、長期にわたるというもの。すべてのクラスを取るために、1年半もかかるわけですね。

いかがでしょう?
すごいですよね。しかもそのハーブ・ポメロイ先生は、そのすべてのクラスで、一切教科書を使いませんでした。ひたすら黒板と口頭で、その膨大なルールを解説していくのです。英語ネイティブではない僕たち日本人学生にとっては、それもなかなか大変なことでしたが、あの膨大な情報がすべて頭に入っているというハーブ・ポメロイも、すごい先生でした。

でも、そんな名物先生が、彼以外にも何人もいたんですよね。そしてみんなそれぞれに、そのアレンジ法や作曲法に関して、独自のアイデアを持っています。ほんとにアメリカは面白い国ですよね。

そういえば、ゲーリー・バートンの、ジャズにおけるアドリブソロを研究するクラスも、大講義室にもかかわらず満員の生徒で埋め尽くされているような、人気クラスでした。
ときには、学生主体で構成されていたゲーリー・バートンバンドの実際のメンバーが授業に来てくれて、彼らの演奏によって、授業の解説をしてくれたりするするわけです。その学生たちのうまいことといったら!

とにかくこうやって、来る日も来る日も一日中音楽漬けの毎日。
そりゃ真面目にやっていたら腕も上がりますよね。

そんなことで、NYで頭をぶん殴られたオサム少年は、3年半に渡るバークリーでの勉強で、やっとそれなりのことが身につけることが出来たわけです。

その頃の僕は、エレクトリックベースとアコースティックベースを、それこそイーブンなレベルで両立出来るようなベーシストを目指していました。
というのも、バークリーには、エレクトリックベースに関してもアコースティックベースに関しても、それぞれに、様々なタイプの強力なベーシストがいました。
もう、どのスタイルをとっても、僕がかないそうにないベーシストが、そのそれぞれの分野にいるわけですね。

そんな中にいて、日本人の僕がなんとか上に上がるために考えたのが、オールラウンダーです。
具体的にいえば、まずエレベもアコベも弾けるのは当たり前!

それに加えて、例えば読譜をとにかく強くする、さらにはジャズもファンクもポップスやラテン系も何でも来い、というようなスタイルです。こういうスタイルでないと、各種のスペシャリストがそろった学内で生き残れないと考えたんですね。

単にイメージですが、当時の黒人系の生徒は譜面に弱い傾向にあったように思いますし、ヨーロピアンのコントラバス奏者はファンクなどのグルーブ系が弱かったかもしれませんしね。
いずれにしても、そんな特徴を買われてか、多くの名物アンサンブルに参加できたことは本当に幸いでしたし、こんな環境でもまれたおかげで、今の僕のスタイルが出来たといっても過言ではありません。

ということで、オサム少年はこうやって、バークリーで腕を上げていったわけです。
そして3年半のバークリー生活もそろそろ終わりにさしかかり、いよいよ日本に帰って、プロとして勝負をする時期が迫ってきました。
次回はそんなところから、お話を続けたいと思います。

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45年のベース歴、30数年のプロ活動
日々国内外、第一線で活動中のベーシスト納浩一によるオンラインサロン

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