新しいコーナーとして立ち上げた、題して「納がオサムを語る」、

ここでは、中学2年生の時にベースを手にしてからかれこれ半世紀近く、ミュージシャンを志すオサム少年、そしてその目指すところのミューシャンになったオサム君が、その時々に何を思い、何を感じてきたかを、徒然なるままに書いていくというコーナーにしたいと思います。

写真はおそらく高校1年生の頃。
高校の軽音の部室(なんとビール瓶のケースとタバコの吸い殻が散乱していた!)でのショット。
おそらくこの頃のオサム少年は、Deep Purple 第3期のベーシスト、グレン・ヒューズを目指していたようです。そういえば、近所の散髪屋のおじさんにグレン・ヒューズの写真を見せて、「おっちゃん、こんなパーマにしてくれ!」といったら、「お兄ちゃん、髪質が全然違うから、こんなん無理やでぇ…」
結局、隣のおばさんのような髪型になってしまった記憶があります。ほんと、バカ! 

ということで第1回目は、こんな切り口です。

よく訊かれます、「なんでベース?」そして「なんで京大出てミュージシャン?」。

以下のような内容で進んでいきます。
1)どういうきっかけでベースを手にしたか
2)Beatlesに始まり、Deep Purple、Led Zeppelinにあけくれた高校時代
3)暗黒の浪人時代
4)京大に入ったその日に…

「実は僕が入ったのは、京都大学工学部機械学科というところ。
なんで機械工学? そう、そこがポイントです。
本当は就職先として、ヤマハやローランドなどの、楽器関係企業に行こうと思っていたわけです。だってまさかミュージシャンで喰っていけるなんて、思ってもいませんでしたから。
でも人生、万事塞翁が馬。
結局ミュージシャンになっちゃいました。」

ということで、このシリーズ、こんなながれで僕の音楽の旅を綴っていきます。
詳しくは僕のインターネットサロンで。よろしくお願いします。

第1回 よく訊かれます、「なんでベース?」そして「なんで京大出てミュージシャン?」。

僕は中学から、兵庫県西宮市にある、いわゆる進学校といわれる学校に入りました。
おっと、その前にもちょっと触れておいたほうがいいですね。
生まれは大阪市内、ごく普通の、商人の家庭に生まれました。薬の卸問屋です。ちょっと一般の家庭と違うことと言ったら、僕が3歳になる前に父は他界していたので、母親1人の手によって育てられたということくらいです。兄弟は姉・兄、そして僕という3兄弟。姉はずっとクラシックピアノを学んでいました。大学ではその専門コースに進学し、いまでもピアノの先生として近所の子供達を教えていると思います。兄はとにかく趣味の多い人で、サッカーに将棋、ヨット、自転車と、何でもやっていました。音楽もフォークからカントリー、ブルーグラスを中心に、聴くのも演奏するのも好きな人でした。ということで、物心がついた頃には、家の中にはピアノはもちろん、フォークギター、12弦ギター、マンドリン、バンジョーと、手を伸ばせばすぐそこに楽器があるという環境。ところがどっこい、オサム少年はその手を全く、それらの楽器に伸ばすこともなく、ただただ野球にほうける子供時代でした。あのころちゃんとやっていたらなぁ、なんて、今は心から思います。後悔先に立たず、ですね。

〜本編はオンラインサロンに公開しています。〜

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■サロン参加詳細はこちら
osamukoichi.net/salon/
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オフィシャルサイトのページのフォームから申し込みとPaypal決済後承認になります。

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