最近、日本を取り巻く状況はもちろん、自分の周りにもいろんな事が起こり、それに関して様々なことを思います。今回は自分が感じた色々なことを、徒然なるままに書いてみたいと思います。

若いベーシストの高道晴久さんが36歳という若さで亡くなりました。
僕は共通の友人の結婚式で、つい数ヶ月前に初めてお会いしたのですが、とってもいい感じの青年でした。
ツィッターなどでの彼の死を悼む言葉を見ても、彼が如何に才能と、そして素敵な人格を持ったベーシストであるかということが、良く分かります。
奇しくも僕の兄も36歳でこの世を去りました。
僕にとっては、記憶にある中での初めての肉親の死です。
死というものがこんなに簡単に、そして突然やってくるのかということを、身を持って経験しました。
いつでも会える、いつでも話し合えると思っていた兄が、突然この世から消えたわけです。
それ以降僕は、例えば朝、家族を駅で見送る時も「これが今生の別れになるかも知れない。」と思うことにしました。
そう思えば、たとえもし昨晩、何かのことで気まずい状況になったとしても、駅で見送る時はそんなことはさておいて、「いってらっしゃい!」と快く言えるようになりました。

高道さんのご家族も、1日も早く彼の悲しい死から少しでも立ち直れる日が来ることを願うばかりです。
僕の母の場合、兄の死のショックから立ち直ることなく、ほとんど後を追うように数年後に倒れました。
同じ息子としては忸怩たる想いです。
親というものは、子供を失うということが、たとえそれが36歳の立派な成人男性であっても、よくいわれるように、「片腕をもぎ取られる思い」なんだなぁと感じました。
ということで若い皆さん、絶対親より先に逝っちゃダメですよ! お願いします!

原発反対のデモが、回を重ねることに大きくなっているようです。
僕はちょっと前、ツイッターで、「デモに参加ももちろん良いけれど、同時に、ミュージシャンとして考えなればいけないことがあるんじゃないか。心構えが必要ではないのか?」ということをつぶやきました。(知り合いには、「ツイッターの地雷を踏んだね!」って忠告されましたが。その後の、反論へのやりとりが大変でした!)日本に住むすべてに人に言えることですが、原発反対を叫ぶのは良いのですが、そのことと同時に自分たちが引き受ける、不便さと、ある意味での損失を本当に覚悟しているのかどうかという疑問です。
あの3・11の震災が来る前は、そんなことを声高に言っている人は少なかったと思います。
それがあの日を境に180度、「ライフスタイルを変えろ!」と言い出すのは、ちょっと拙速すぎないかと思うのです。
いや、実は僕は15年ほど前、ずっと「週刊金曜日」という雑誌を定期購読していたので、いざ何かあるとこうなることは、その雑誌の中ではずっと言われていました。
ところが周りに原発反対を声高に言う人など見当たらなかった。
それが今はこれです。これもブームなんですか、日本人の得意な? 
だとしたら、原発を全く無しにしておこるだろう様々なことを、本気で覚悟しているとは思えません。

おっと、僕は反・反原発ではないですよ。ずっと前から反原発です。
それでも原発が必要なら、是非東京湾にというのが僕の主張でした。
だって東京電力の電気のほとんどを使うのは関東圏ですから。
まあ、いずれにしても何十年もそれでやって来たことを、ある日を境に完全に変えてしまうということは、それだけの痛みを伴うと思います。そレに対する本気の覚悟を問いたいのです。
でもちろん、やっぱり原発は無いに越したことはない。
そのあたりをちゃんと考えながら、ソフトランディングさせていくしかないと思うのですが、如何でしょうか?

ちょっと前に話題になった「音楽家が音楽を諦める時」という、有名音楽プロデューサーのブログ。
僕もそれに関して色々書きました。
最近思うのは、音楽とは基本的に個人の趣味であるべきだと言うこと。
そして特に日本においては、音楽というものが欧米のように(あるいはアフリカや中南米もそう)、生きていく上で「何が無くても、絶対必要なもの」という位置を確立すること無く、皆が財政的が疲弊してきて、最も最初にそのための出費がカットされるような存在だったということでしょう。
音楽家にとっては悲しいことですが、悲しいかな、それがその国の文化というもの。
日本人にとって音楽とはそういうものだったのでしょう。
だからもうじたばたしても仕方がない。
こうなりゃ、これで食えるとか食えないとかそんなことはさておき、とにかく「好きなことは死んでもやる!」という、こちら側の気概まずありきだと思う今日この頃です。
この国が(それは政治的な意味の国じゃなくて、私たち1人1人の音楽関係者および音楽ファンです。)音楽を本気で大事にしているとは、やはり思えない。
実際、いい音を奏でるための努力をどれだけ演奏者がしているか、そのために犠牲にしていることがどれほどのものかであるかを、本当に知っている人は、ほんの一握りだと思います。
でもそれをミュージシャン側が主張するのもどうかと思います。
そんなこんながまさに日本の音楽文化であり、この国は悲しいかな、良い意味での音楽文化が育たなかった、そういうことだと思っています。
だから僕は残された余生、勝手にやることにします。
そしてそんな僕の音楽を支持してくれる方はどうぞ、これからも応援、なにとぞよろしくお願いします!

ということで、なんだかんだ書いてきましたが、僕は絶対ネガティブじゃありません!
生きていることはほんと楽しい! 
音楽を奏でていられることは本当に幸せです。
しかもそれを支持してくれる人がいるなんて、なんて素晴らしいことか! 
こんな世の中ですが、決して捨てたもんじゃないです。
要は考え方ひとつ。
皆さん、命ある限り、元気で楽しく生きていこうじゃありませんか。
もちろん問題山積の日本ですが、僕が多少見てきた厳しい海外の現実から比べれば、相当マシだと思いますよ!

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