ポール・スタンレーは『Indiepower TV』のインタビューでこう話した。「走る前に歩くことを学べってことだよ。エレクトリック・ギターの前にアコースティック・ギターを手にしろ。より難しいし、より狭量だ。それは、エレクトリック・ギターをプレイするのに、よりいい基盤となる」

「音楽業界やそれに関連する世界に入りたいのであれば、もし少しでも迷いがあるなら、別のことを探すべきだ。やむを得ない、これしか選択肢はないって状態じゃない限り、音楽に関わるべきじゃない」「何かほかのことをやったほうがいいのかって疑問があるのなら、答えはイエスだよ。そう感じるのであれば、是非ともほかのことを探してくれ」

「いまは昔より大変だ。思いもかけない幸運っていうのは、もうほとんどない。だから俺は、それが君の真の情熱でないのなら、やるなって警告する。ガッカリすることが多すぎるからな。俺らがスタートしたときは、ほとんどのバンドが3枚のアルバム契約を結んでいた。レコード会社は、バンドを育て成長させていた。いまじゃ、シングル出して、それが上手くいかなかったら、さよならだ。だから、シリアスなことなんだよ。音楽に身を捧げたいのなら、やれ。マイナスの面も理解しながらな」

この言葉で思い出したことがある。1989年、まだ不況の中にあった英国でデビュー直前のストーン・ローゼズのメンバーに会ったとき、音楽を始めた理由をこう説明していた。「この街から出るには、ミュージシャンになるかサッカー選手になるしかないんだ」

全く同感です。
実はKISSは、初来日の時、チケットを取ることが叶わず、チケットもないのに大阪フェスティバルホールまで行って、ドアの隙間から漏れ聞こえる音を聞いていた、そして終演後、会場に中に飛び込んで、ステージ上に山のように積まれたマーシャルのアンプ群を見て、それだけで感動しながら家路に着いたというほどのファンでした!

ま、それはさて置き、ミュージシャンを目指すなら、音楽で食っていこうと思うなら(というか、もうこのご時世、音楽で食うという設定が成り立たなくなって来ていますが)、迷ってちゃダメです。
ただただ己を信じるのみ、俺ならやっていけるんだって。
そして、ただただ音楽が好きで好きで、もう3度に飯より愛してる、って情熱が無いと。

大学などでも、生徒さんや、昨今ではその親御さんから、
「音楽でなんとかやっていけますかねぇ?」
なんて質問を受けることもありますが、こんな質問、してる段階でもうNG。
気持ちはわかりますけどね。

ポール・スタンレーも言っている通り、まだ僕が東京に来た88年頃は、 状況も今よりはかなりマシでした。

僕の初リーダーアルバム「三色の虹」を出した97年頃でも、こんな無名のジャズベーシストの初アルバムが四千枚以上ものセールスを上げるという、今からじゃ信じられないような時代でした。

ジャズフェスも一杯あったし、スタジオ仕事もイベントも一杯ありました。
それが今じゃねぇ…。

でももともと音楽なんて、それこそ江戸時代なんかでは川原こ○きと言われて、あらゆる身分の中でも最下層に位置していた仕事。
音楽なんかで食えるようになったのは、明治時代の後半からたかだか数十年かそこらの間だけでは無いでしょうか?
それが元の状態に戻っただけと思えば良いのかもしれません。

食えるとか食えないとか、そんなことを考えること自体、音楽を志すという道の上での前提条件が間違っているのかもしれません。

ま、ラッキーがあれば、ということもあるでしょうが、そんなの無くても良いんです。
好きならとことんやってみる、そう思えないのなら諦める。
でもこれって、どの道に進もうが、同じことじゃ無いのかな?

ま、どうせ一度しか無い人生、悔いの無いよう、やりたいことを徹底的にやりましょうよ!

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